きんぎょ

知識を「知恵」に変えるブログ。

雑記。昔の日記より。

2017年7月の日記より。

 

考える。

 


ETKINGリーダー「いときん」さんがステージ4の肺腺がんにかかったらしい。しかも、がんはすでにリンパ節や脳に転移しており、正直、先が思いやられる。

 


僕はETKINGのファンではないが、三田市出身でまだまだお若いということで、身近に感じて胸が痛む。

 


春学期は、そうした身近に感じる悲しい出来事が自分自身にあった。

 


最愛の飼い犬の死。

 


亡くなった当時は頭が真っ白で、まさに心にぽっかり穴が開いた。あまりに唐突すぎた。泣いて泣いて泣いた。1月半経った今ようやく、心の整理がついてきたところだが、思い出の写真を見ては涙ぐむことがしばしばある。心の穴はまだふさがっていない。

 


早くこの気持ちから抜け出したいと、亡くなったばかりの頃は、闇雲に心の穴を埋めることばかり案じていた。が、今は違う。本当に考えるべきことが見つかったからだ。

 


本当に考えるべきこと。

それは、自分が生きる意味。

僕はそれを具体的に考えたい。

 


ベタな言い方だが、僕は飼い犬が亡くなった日に、「さくら(名前)の分まで一生懸命に生きる」と心に誓った。では「どう」一生懸命に生きるのか。そこが具体的であればあるほど生きる意味は明確になり、今ある悲しみ以上に幸せをかみしめられる、そう信じている。

僕の場合は、時間が解決しない。

 


理由は他にもある。10年前に、お世話になった先生が亡くなられた時、結局考えているようで考えておらず、結論「1日1日を大切に生きよう」とか「命は大切にしないと」とかありきたりな考えだった。もっと言うと、考えることに満足していた。

 


うわべだけでは本当に大切には生きられないし、実際生きてこれなかった。それが悔しかった。

 


それに、大学3回生の夏になり、就活前哨戦が始まっていく今、そこを考えずして仕事は選べないと思う。自分が今仕事選びに苦戦中なのもそれが理由に違いない。

 


ようは、具体性が大切だと思う。

「1日1日を大切に生きよう」結論そうなのだが、じゃあ「なぜ」そう生きるのか。具体的に「どう」生きるのか。大学生である今は、そう考えなけえばならない。

 


考える。

 


あれから1月半。

 


そして、なによりも。僕が何気なく過ごす時間はさくらが死ぬほど生きたかった時間なんだと思うと、とてもじゃないけどやりきれない。必要以上にダラけてしまう自分に終止符を打ちたい。

 


最初で最後ではないと思うが、心の穴が開いたままの今こそ、考えるべきなのだと思う。この気持ちを忘れる前に。